知る権利について考える・・・その4

最高裁の判断や諸先生の説を聞くと国民の「知る権利」が日本国憲法の中で、護られるべき権利としてあることはハッキリしています。

また、それが現実のものとして、保障されているかどうかは別として「保障されるべき」自由と権利であることも憲法の条文から読みとれるといってよいでしょう。

情報公開制度のスタートは「知る権利」の確認が大事だから、ここでもう一度整理しておきたいと思います。

憲法の前文にはこうあります。

「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。・・・」

この「主権在民」の前文と、二一条の「表現の自由」が「知る権利」の根拠なのです。

知る権利について考える・・・その3

平松毅教授は、その著『情報公開』(有斐閣、昭和五十八年、二二ページ)で、「一九七九年に、わが国でも国際人権規約が批准されたが、そのB規約第一九条で、表現の自由には『あらゆる種類の情報および考えを求め、受け、および伝える自由を含む』ことが明らかにされました。

条約は、わたしたちの国では、法律以上の効力をもつと解されているので、憲法解釈としても、表現の自由は、今日では、情報を求め、受け、伝える権利、すなわち自由な情報流通の権利として構成することができるであろう」といいます。

ここで出てくる国際人権規約のもとは、一九四八年(昭和二十三年)十二月の国連総会で採択された世界人権宣言であり、その一九条に「あらゆる手段によりかつ国境にかかわりなく、情報および思想を求め、うけかつ伝える自由」が何人も享有する権利としてうたわれています。

知る権利について考える・・・その2

知る権利を語る明示的な規定がないという一事によって、そんな権利はありはしないと得意顔で論ずる者もいたそうですが、それは憲法の根幹を否定する暴論である」と、その著書『知る権利』(岩波書店、一九七九年、二八ページ)で述べています。

そして、主権者としての国民は選挙で代表者を政府に送っていますが、選挙のための資料を得るだけでなく、ふだんから国政を監視し、発言して国政に影響を与えるのが、国民の権限であり、義務であり、そのためには情報が必要である―と説き、「このように、国民主権の原則は、国政にかんし、国民が知る権利を有していることを、当然の前提としています。

知る権利が保障されず、国政についての情報が十分に与えられることのないところでは、国民主権の原則は、まやかしでしかない」と断言していました。

知る権利について考える・・・その1

突然ですが、今回は「知る権利」についてです。

堅苦しいかもしれなけど、たまにはこんな話もいいですよね!なんて。。


学界の多くは「知る権利」が護られるべき国民の権利として憲法の中にあることを認めています。

ただし、それは「承認された自由」であって「保障された自由」ではない、という人もまだ少なくないようです。

この「知る権利」については奥平康弘、清水英夫、堀部政男、平松毅各教授らが、それぞれの著書で情報公開との関連でくわしく述べているが、奥平教授は、「日本国憲法には、知る権利を名ざしで保障する規定はありませんが、国民主権の原理および表現の自由をはじめとした精神活動にかんする基本的人権の保障規定にてらし、国民に知る権利がそなわっていると解することに、うたがいをさしはさむ余地はないそうです。

好きな歌劇・・・ミラノ・スカラ座2

亡霊といえば「カラスの亡霊」がよく知られる。マリア・カラスの当たり役だった歌劇をスカラ座で上演すると出るという。

「亡霊」の手先は耳の肥えた天井桟敷の常連たち。

例えば一九六四年にカラヤンがミレッラ・フレーニ主演で指揮した《ラ・トラヴィアータ》。

派手なブーイングに耐えられず、フー二は二回で舞台を降りてしまった。

八〇年代後半に至るまで《ラ・トラヴィアータ》は上演されず、フレー二はほかの演目でもスカラ座に出演しない時期が続いた。

シーズン・オープニングにはトップ・ファッションをまとった社交界の花形がつどい、ニュースの一面を飾る。

舞台がはねたあとは、ビッフィ・スカラやサヴィー二といった高級レストランでシャンパンを開けるのが、先祖代々スカラ座にボックス席を所有するミラノ上流階級の人々の年中行事である。

好きな歌劇・・・ミラノ・スカラ座

ミラノ・スカラ座には、神と亡霊が棲むという。 ほんとうだろうか?

神というのは「歌劇の神さま」に決まっている。

1776年にサンタ・マリア・デッラ・スカラ教会の跡地に建設されたためだけではない。

ロッシー二《泥棒かささぎ》、ベッリー二《ノルマ》、ヴェルディ《ナブッコ》そしてプッチー二《蝶々夫人》など、数々の名作が初演されたためだけでもない。

観衆を感動のうずに巻き込む至福の時の記憶の積み重ねが作り上げたこの劇場は、まさしく神の座にふさわしい。

好きな歌劇・・・ウィーン国立歌劇場2

マーラー、R・シュトラウス、クラウス、カラヤンなど、歴代音楽監督だけでもスゴい名前が続く。

毎日演目が変わるレパートリー・システムで上演されており、年間三〇〇公演もある。

ドイツものだけでなく、イタリアもの、フランスもの、ロシアものと、バラエティに富む演目が、高い水準の演奏とスター歌手で楽しめるのだ。

幕間にはロビーへ。

喫煙者用のマールモールザールと、禁煙のゴブランザールがある。

ゴブランザールの《魔笛》のモティーフを織ったタペストリーは必見。

人々は老いも若きもカップルで腕を組み、なぜか時計回りと反対に歩く。

なお、ウィーンにはほかに主としてオペレッタなどを上演するフォルクスオーパーがあり、最近はオペレッタなど斬新な演出のオペラ上演も増えている。

好きな歌劇・・・ウィーン国立歌劇場

歌劇場の質は、歴史や伝統、建物もさることながら、ほんとうは現在のオーケストラと合唱団にかかっている。

この二つは、よそからの借り物ではない、その歌劇場独自の財産だからだ。

というわけで、世界一のオーケストラとの評価をほしいままにしているウィーン・フィルをお抱えオーケストラにしているウィーン国立歌劇場が世界一の歌劇場、と断言する人は多い。

その音色は、薄く黄金色を帯びた白絹のようなしっとりしたかがやきをもつ。

真紅のビロードのようなミラノ・スカラ座のオケの響きとはじつに好対照でもある。

顔、目元のたるみ

顔のたるみは加齢に因る新陳代謝の低下でお肌のコラーゲンが減少することにあるのですが、
昨今はサプリメントでコラーゲンを補給する事ができますから、
毎日の食事でコラーゲンを摂取することが難しい方はサプリメントをお勧め。

目元のたるみは顔のたるみとつながってるみたいですね。
なので目元がきになるなら顔のたるみをケアして
尚且つ目元のケアをしないとなりません。

なので顔のマッサージを毎日しましょうってのがシンプルな考えではありますね。

ストレスでしわ

現代社会においてストレスの要因はたくさんありますがストレスは肌にも影響が現れます。
ストレスがたまりイライラしていると顔がしかめっ面となり、しわが増えてしまいます。

またストレスがたまると体内に活性酸素が増えます。
体内には増えすぎた活性酸素の作用を打ち消す抗酸化酵素がありますが、ストレスが持続したり、ストレスが強いと抗酸化酵素が消費され、打ち消す作用が追いつかなくなってしまいます。

増えすぎた活性酸素により肌が酸化されて、しわができてしまいます。ストレスが強いとしわが深く刻まれてしまいます。

それがまたストレスとなりしわしわに・・・。
自分に合ったストレス発散法などを見つけておくといいかもしれないですね。